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潜入取材

『I LOVEヒョンジョン』撮影現場

※2003年7月発刊「韓国はドラマチック」(東洋経済新報社)より。 記事の転載禁止です。

韓国のドラマの撮影は過酷だと俳優たちは口を揃えて言う。
日本と違って週に2回ずつ放送する慣習になっているため、
その分時間に追われることになるのだ。

そんな韓国で、日々どんな人たちが、
どのようにしてドラマの撮影を行っているのか、
まだ時間に余裕が見られる放送開始前のドラマの撮影現場を取材した。

ときは2002年8月29日。
1ヶ月後の9月30日から始まるドラマ『I LOVEヒョンジョン』の撮影現場。

普通のドラマは1ヶ月前から撮り始めるそうだが、
今回は8月18日にクランクインしたということで、
少し余裕を持って作っているとのことだ。

台本もこの時点で第3話までできあがっているそうで、
この段階では、第1話、第2話というように順番に撮るというより、
4話分をまとめ撮りして後で編集で切り分けるのだそうだ。

そしてこの日は、第1話の一番最初のオープニングシーンの撮影を含め、
5つのシーンの撮影が行われた。

このオープニングは、ヘリコプターに乗った主人公、
大財閥の御曹司ボムス役のカム・ウソンがヘリポートに降り立ち、
ボディーガードらが迎える中、黒塗りの高級車に乗って行くというシーン。

ヘリコプターを使う大がかりなものだけに今日は5シーンと少ないが、
他の日はこの倍のシーンを1日で撮影するそうだ。
第1話の台本を見せてもらうと77シーン、ページ数は187ページだった。

『LOVEヒョンジョン』は、財閥の御曹司が、
テレビの番組制作をする女性ヒョンジョンと出会って、
人間的に成長していくハートフルラブコメディー。
アン・バンソク監督(PD)いわく、
「青春ドラマであり、人間の成長を描いたドラマ」だそうだ。

第1回の放送までまだ1ヶ月あるとあって、
現場はまだまだ穏やかなムードが漂っていた。

 

ヘリコプターの爆風と共に監督登場

朝10時に、スタッフらが乗り込んだマイクロバスがMBCを出発。
10時50分にチャムシルのヘリポートに到着。
そこにはすでに黒塗りの高級車が3台待機していた。

そこでカメラマンらスタッフが場所の確認。
そしてひと通り簡単な準備が終わったら座り込んで待機となった。

なんでもあと50分後くらいに飛んでくるヘリコプターが見えないと
始まらないのだとか。ヘリポートの担当者からは、
「今日は軍のヘリコプターも飛んでいるので気をつけて下さい」と注意が飛ぶ。

この日は真夏の太陽が照りつける残暑の厳しい一日。
日陰もほとんどないその炎天下の中、待つこと40分。
スタッフの「来た来た」の声と共にヘリコプターが2台飛んできた。
1台にはMBCと大きく書いてある。
そのヘリコプターに監督とカメラマンが乗り込んで、
もう1台のヘリコプターに乗っている主演俳優のカム・ウソンの姿を
撮影しているのだ。

なかなか大がかりなオープニングである。
ものすごい爆風と共にヘリコプターが降りてきて、
カム・ウソンがヘリを降りて車に乗り込むところまでを
まず俯瞰で押さえていた。

そして、MBCのヘリコプターも着陸し、アン・バンソク監督の登場。
Tシャツにジーパンといったラフな格好の優しそうな人だ。

今度はヘリコプターを降りるカム・ウソンをアップでとらえようと、
もう一度ヘリコプターが飛び立ち降りるところを真横から撮る。
再び爆風が吹き、スタッフはみんな顔を背けるが、
カメラマンだけは当然のことながらものすごい風にもひるむことなく、
対象のヘリコプターと主演俳優の姿を押さえている。

次にボディーガードたちの姿のアップを撮り、
続いて車列がヘリポートを出ていくシーンをパッパと手際よく撮影。
だいたいが一発OKだ。

そして「ハーイ撤収」のかけ声と共にササッと移動が始まる。
ヘリコプターが来てからほぼ1時間だった。

監督が助監督に、
「ヘリコプターのチャーター時間どれくらいだった?」
とチャーター代の心配もしながら、今度はロケ場所の移動を兼ねて、
走る車の中を撮影する。牽引車で引っ張りながら車の横打ちの撮影。
それでそのまま撮影部隊の一行はカンナムへ。

バスがカンナムに着いて、1時40分からはお昼の時間。
2時40分に集合ということで三々五々食事に行く。
日本と違ってお弁当じゃないのだ。

監督たちは、助監督やカム・ウソンらの主だったスタッフ20名と一緒に、
街中のこじんまりした食堂に入って、
ラーメンや冷麺、ビビンパブなどを注文する。

監督のそばにはぴたりとカム・ウソン氏が座っている。
こういうときのコミュニケーションが大事だからなのであろう。


ミニシリーズが始まると
万年睡眠不足になる
      ──カメラマンの話

撮影は先輩カメラマンと2台で行っているそうだ。
普通は1台で、多くても2台。

今日はヘリコプターの撮影もあるので、
上空からと地上からとで2台で撮影。
1、2回動きのリハーサルをやってすぐ本番の撮影。
コンテで動きはだいたい決まっているので、
俳優の動きに応じてカメラが状況に合わせて動いていく場合が多いそうだ。

今は放送前だから余裕があるが、
ドラマが始まってしまうと朝は7時から夜は早くて深夜の12時で、
セット撮影だと夜通しやることもあるという。
ミニシリーズが始まると3ヶ月間は万年睡眠不足になるそうだ。

回数が進んでくると台本の仕上がりが遅くなり、
当日にやっとできあがってくることもあるとのこと。
だからどうしても時間に追われる作業になってしまうらしい。

ミニシリーズは、オールロケで1台のENGカメラで撮るのが普通で、
週末ドラマはロケの部分はロケ、スタジオ部分はスタジオ撮影と
ちゃんと分けて撮っていくのだそうだ。

「日本のドラマは、『フレンズ』の撮影風景を見たけど、
分離された個々の作業がうまくいっているなと感じました。
撮影してすぐにモニターチェックできるので、撮った後に
俳優も監督もみんなで画面を見て話し合ったりする一体感があって
うらやましかった」

実はこのモニターチェックという作業が
ドラマの場合、韓国ではめったに行われない。
というのも財政的な問題で、今の韓国の現場には
モニターがほとんどないため、撮ったものは後で
編集のときにチェックするしかないのだそうだ。

 

 家族問題や男女の恋愛といった
 身近なテーマを描いてみたい
       ──女性の助監督の話

  日本では女性のドラマプロデューサーが結構いるが、
韓国ではまだいないそうだ。しかし、助監督は現在2人の女性が
いるそうで、そのうちのひとりがこの日の現場にいた。
そんな珍しいイ・ユンジョン助監督に話を聞いた。

「映画やドラマ、特にテレビドラマは女性が好きですよね。
そういった同じ観点に立ってドラマを作ってみたい、
女性たちが好きなものを作りたいと思いました。

ただ、やりたいからすぐできるというものではなくて、
入社してみて、どうして女性の助監督や監督が少ないか
ということは入ってみてわかったことです。
一番難しいのは人を扱うことです。
特にスタッフに男性が多いのでそういったところが一番難しいです」

イ・ユンジョン助監督は入社して今5年目だという。
韓国の放送局では採用のときにPDとして採用するそうで、
入社のときから助監督を経験し、
2003年にPDになれる予定だとか。

「家族問題や男女の恋愛といった身近なテーマの中で、
人がどういうふうに成長するかといったことを
描いてみたいと思います。戦争ドラマものは避けたいですね」

 

韓国のドラマ作りでは
 誰の意見を通すかが大事なんです
             ――アン・バンソク監督の話

  1961年生まれのアン・バンソク監督は、
これまで『おばさん』や『バラと豆もやし』という
女性中心のドラマを作ってきた人。
常に面白いドラマを作るのが目標だという。

――監督は女性ドラマが得意なんですか?

「女性を扱ったものが多いというのには2つの理由があります。
ひとつは、見る人は女性が多いから視聴率に大きく関係しています。
もうひとつは韓国社会ではまだまだ女性は地位が低いので、
その女性たちを扱うことで、ある種のカタルシスを
テレビで感じてもらって、多くの女性たちからの共感を得る
ということを狙っています」

――監督(PD)って、プロデューサーであり、
 ディレクターでもあるんですよね。

「日本はプロデューサー(P)とディレクター(D)が
完全に別れていると思いますけど、
韓国ではPとDが一緒になっていることが多いです。
特にPDといわれる人はその両方を兼任します。
いくつかの番組を見ているシニアプロデューサーがいて、
その人が総括責任のような形でいますけど」

――監督のあなたが企画を出して脚本家を決めて、
キャスティングもするんですね?

「そのすべてを、ヘッドにいるシニアプロデューサーに相談して
決めますけどね。でもだいたい監督に任せてくれるので
すべてを私が自分でやることになります。

キャスティングはほとんど100%監督が決めます。
シニアプロデューサーは問題があったときだけ出てきて
軌道修正することもありますけどね。

でもトップと言われている人たちのキャスティングが、
今難しくなっています。それはすごく仕事量が多い割には
出演料が安いというのがネックになっていると思います」

――どのぐらい前からキャスティングするんですか?

「ドラマによっても違いますが、今回のドラマは
もう1年前から決めてました。普通ですと放映日から繰り上がって
3ヶ月前ぐらいに決まります。ほぼ最初の台本ができる頃ですね」

――脚本家との打ち合わせは?

「作家との打ち合わせはとっても緊密に行って、
こういうシーンを入れてほしいとか、
そういう要求もどんどん出します」

――じゃあ韓国のドラマはPDの個性が色濃く出るんですね。

「そうです。でも弱冠違う場合もあって、
作家ですごく力を持っている人がいて、
その人の場合はほとんどをこの作家が決めるんです。

何人かいるんですけどね。
キム・スヒョンさん(注:『青春の罠』『火花』などの作家)とか。
彼女にはだいたい何も言えません。まだ他にも
力のある作家はいるのですが、彼女ほど力を持っている人はいませんね。

あとは作家の性格にもよりますからね。
ドラマをひとつ作るに当たっては、監督、作家、演技者、
これが大きな3つの要ですが、韓国のドラマ作りにおいては、
その中で誰が自分の意見を通すかというのが大事なんです。
だから難しいんですよ」

――インターネットに視聴者から意見が寄せられますが、
それは気になりますか?

「インターネットに書き込む人は決まっている人たちで、
そういう人たちが何度も何度も書き込んでいるので、
一般的な意見ではなかったりするんですよ」

――日本のドラマは何か見たことがありますか?

「『星の金貨』『北の国から』。
特に『北の国から』はすごい名作だと思いました」

――韓国のドラマって最近ジャンルが広がってきた気がしますが。

「韓国が今いろんなジャンルのドラマに挑戦していると言われましたが、
実はそうじゃなくて、不倫ものとか、年齢差のある恋の話とか、
そういったものは実は昔もあって、その素材が
時代の流れによって繰り返されているんです。

素材自体が新しいわけではなくて、その素材を見せる方法が変わって、
昔より度を過ぎているというか、そういうことはあると思います」

――ラブシーンも控え目ですけど、具体的にこれ以上はダメというようなコードはあるんですか?

「今でもかなり制限はありますが、昔に比べたらよくなったと思います。
常識においてあまりセクシーすぎるものはよくないです。

具体的には、昔、ある夫婦が出てくるドラマで、
片方が他の人と寝たことを画面で見せなくて、
セリフの上で匂わせただけでも
ブーイングが来るような感じだったんですけど、
今は、不倫現場のシーンを見せてもそれほど制限はされなくなりまして、
そういったことが違いですね。

画面に出る出ないに限らず、視聴者がそれを受け入れるかどうか
というのがあると思いますが、今は受け入れる下地ができているようです」

――俳優さんはよく当日台本を渡されてやらなきゃいけないという状況に追い込まれるそうですね。

「だいたい忙しくなってくるのは後半なんですが、
そのときまでには、俳優たちは役になりきっています。

だから、いくらその日の朝に台本をもらっても、
ああこういうふうにやればいいんだというように
だいたいもうわかっているので、比較的みんな順応できるんですね」

――でもどうしてそこまでぎりぎりになってしまうんですか?

「よく言えば、作家、演出家が最後の最後まで
どうしようかと悩んでいるからなんです。

日本はドラマのシステムがすごくよくできていて、
誰が何をやるという分担がしっかりできていると思います。
例えば、作家は責任を持ってこの日までに仕上げるとかね。

韓国はそういうことがあまりシステム化されていなくて、
ある意味では他の人に被害が行くことになるのですが、
被害を受ける側もまあ受けてもしょうがないじゃないか
という下地がみんなにあって、迷惑もかけるし、かけられる
というように受け入れるんです。

だから台本が朝届いても、撮影は回っていくんです。
台本を書いたりする芸術的な役割をしている人に対しては、
特に芸術家の苦悩として大目に見ているところがありますね。

ただ、今後は韓国人も個人の役割を日本のように決めてきているし、
またそういうふうにしようと主張する人も増えてくると思うので、
特に役割分担については、韓国もこれからは
日本のように変わっていくと思います」

――今、具体的にそうした主張があるのですか?

「特にどういうことが起こっているかというと、
台本が朝にしかできあがってこないようになると、
トップスターたちの中には、『こんな状況では今日はもうできない』
と言い出す人もいるんです。

まあでもそういう振りはしますが、実際に撮影はされています(笑)。
今までは俳優たちもどちらかというとそう言って脅かす
という程度でしたが、これからはそれが本当に拒否するというように
実践されると思いますよ」

――今回のドラマは1年前にキャスティングが終わっている
と言うことも考えると余裕がずいぶんあるんですね。

「すごく余裕を持ってやったつもりなんですが、
やはりみんなすごく苦悩してまして、
結局は他の作品と同じくらいになってしまっています」

 

(ちなみに…文中登場するアン・バンソク監督は、その後『白い巨塔』『密会』などの名作を制作し、女性のイ・ユンジョン助監督は監督となって『コーヒープリンス1号店』『恋はチーズ・イン・ザ・トラップ』などのヒット作を生み出しています)

 

『I LOVEヒョンジョン』
2002年 MBC
PD アン・バンソク
脚本 チョン・ユギョン
出演 カム・ウソン、キム・ミンソン

財閥3世のボムスとバリバリの下町っ子ヒョンジョンのかわいいラブストーリー。恋する二人のラブラブぶりには思わず頬が緩む。しかし、財閥の親族相続への疑問を投げかけたり、安易にもとの地位に戻ったりせず二人で身の丈にあった生活を続けていこうとする姿勢には作り手の社会的メッセージが感じられる。