取材レポ・コラム
韓国版『花より男子 The Musical』演出家・鈴木裕美さんインタビュー 後編
●韓国版ならではの演出
―――キャストがトリプル、ダブルなだけに、キャストによって場面の印象が変わるのが見ていて楽しいですね。
特に類と静のシーンは思い切った指示がしてあります。パリのシーン(舞台上部で行われる)は、最初の立ち位置は決まってます。
類には、「静に対して自分との未来を考えてくれるように説得するなり抱きしめたりキスしたり何をしてもいいから、とにかく自分の気持ちが伝わるようにて欲しい。それをだいたいこの位置でやって」と指示してあります。
静の方はその類の話を聞いても堪えなきゃいけない。歌の中のどのフレーズになったら堪えられなくなるのか、堪えられなくなってから下手に行ってほしいと言ってあります。
だからこのシーンの類は静の髪をなでる人、手をつかむ人、人によって違います。カップルが決まっているわけじゃなく、毎日相手が変わるし、6通りの組み合わせがあるので、型を決めてしまうと生き生きしたものが生まれなくなるし、あれをやればいいんでしょ的になったらシーンが壊れてしまうので、「今日相手が何をするかわからない、ただこういうゲームのルールにしようね」と決めたんです。
静が移動することは決まっているんだけど、そのタイミングは日によって変わるから照明さんも付き合ってくださいねとお願いしました。
照明さん、最初は「どうやりゃいいんだ」と怒ってましたけど(笑)、説明したらわかってくださって。照明さんにはものすごく助けられました。
こんな風にもっと細かくわざと決めてないところが何カ所かあります。
――――司のシーンで言うと?
ソロ曲のI love you はつくしとのキスに至るまでの動線が三人三様になっています。
――――類にもありますか?
※類役の3人。左からソンミン、ジョン・フィ、キム・テオ
類の、静のポスターの前で歌うソロ「あなた」という歌も歌い始める位置だけが決まってます。3人はコンセプトが違うんです。私が決めたというより彼らの中から出てきているのでそれにタイトルをつけたという感じですが。
ソンミンさんはすごく笑顔が多いんです、「恋の喜び」をメインに歌っているので。フィさんは「夢見るように」って感じであこがれを歌ってます。
テオさんは「苦悩」で、恋の苦しさを歌ってます。
3人ともテーマが違うんですが、「君はそれが合ってるからそれでやって」と言ってます。歌い方も立ち位置も違います。今は開幕して時間もたっているので変わって来ているかもしれませんが。
―――日韓の文化的な違いが出ている場面もありましたか?
つくしパパ・ママのところに順平が訪ねてきた場面で、つくしパパが
「僕はそんなにお金がなくても安心して暮らせるほうがいいな」
とママに言うと、順平がしゃしゃり出てきて
「ぼくんちくらいがいいですか?」
「いやあ君んちがどれほどだかわからないから」
「そこそこです!」
という会話になって、こいつはちょっと図々しいやつだな~、とパパ・ママが思う。という風に演出していた場面があるのですが、ある日パパ・ママのダブルキャストが4人そろってやって来て、
「あそこは言われたからその通りやってるけど、なんで順平のことを嫌うのかわからないんです」
「だって図々しいじゃない?」
「いえすごくかわいい子じゃないですか。パパが普通がいいって言ってるし、それに答えてわざわざ言ってくる子が人懐こくてかわいく感じるんです」
と4人に言われたんです。日本だとこの子ちょっと図々しいなって思うのが一般的だと思うし、戯曲もそう書いてあるのですが、韓国では可愛いと思うんだなって思って。
だから、「わかった、じゃあかわいいことにしよう!」ってなりました(笑)
つくしが連れて行かれる体育館の倉庫のシーンも、
「体育館」って言ってたら、「韓国ではそういう悪いやつらが集まる場所は屋上か地下倉庫です」と言われて、
そうなのか~と。
そこも「わかった、じゃ地下倉庫ってことにしよう」
となりました。
―――韓国でやるにあたって日本版から手を加えたところはありますか?
日本での初演の際、曲を俳優に合わせて少し変えたりしたのですが、それを元の譜面に戻しました。またご要望もありましたし、自分としてもさらに手を加えたいなと思って、このシーンの意味は本当はこういう意味なんだけど、日本ではそこまでできなかった部分が理想に近づけたシーンもあります。
具体的には言いにくいですが、ぶっちゃけ韓国版で良くなったシーンはたくさんあります。
●韓国での仕事で実感したこと
―――今回の体験を通じて感じたことは何ですか?
いい意味で、俳優はどこの国でも全く同じなんだなあと思いました。世界最古の職業というか、俳優という生き物の精神構造というものは、どの国でも全く変わりがないと思いました。ただ日本と韓国では置かれている環境がだいぶ違うなと。
―――環境とは?
正直、気の毒な部分もあるなと思いました。俳優の歌唱力やダンス能力は評価されているのですが、俳優のクリエイティビティというか、役を作ることとか、もっと俳優にはいろんなことができるのに、それが信じられていないというか大切にされていないなと感じる場面が度々ありました。韓国のシステムの中で致し方ないところはわかるのですが、それでは消耗するだけになってしまうのではと感じました。聞いてみると演劇や映画はそうでもなくて、テレビとミュージカルがそういうことなんだそうです。
アイドルに関して兵役ということもあり、お国柄もありますが、ファンの方達が熱しやすく冷めやすいので、売れてるうちに稼がせようというニュアンスを感じてしまいました。初舞台だったり、初ミュージカルなのに十分に稽古もさせないで舞台に出してしまう乱暴さは正直あると思います。でもそこは俳優という種族はどこでも一緒で、本人たちはもっと良くなりたい、もっと稽古したいと思っているけれどどこかであきらめているというか、その状況を引き受けようと思っているんです。
例えば、他の人が演じているビデオを見て段取りを覚え、あまり稽古しないで舞台に上がることも多いらしいんですが、それは辛いだろうなと。みんな魅力的で潜在的能力がすごく高い人たちだから、もっともっと稽古して舞台に立ちたいだろうな、と。
違うカンパニーによってはもう少し違うのかもなと実は思うけど。でも多かれ少なかれそういう部分はあるなと感じました。
―――韓国の俳優たちは大変ですね。
俳優になるための教育を受けられる大学が多いので、たいがいの俳優たちは大学教育を受けていて教養が高いんです。日本ではシェイクスピアを知らない子もいましたが、韓国ではありえないです。イプセンだっておそらくみんな知ってるでしょう。そのくらい教養があるし、いろんな訓練を受けてきている人が多いです。にもかかわらず、「精神的には非常に安定しないだろうな」と感じてしまいました。
具合が悪くなる人も多い。一日に一人は「病院に寄ってから来ます」とか「具合悪いから今日は行けません」という俳優さんがいました。日本では具合が悪いと言って来ないと、「明日から来られる? インフルエンザ?」とかって周りがすごく心配するんですけど、韓国では日常になっていて、あまりみんな心配しない(笑)。
そうやって自分を守っているんだなと思いました。頑張りすぎないというか。
―――いろいろと異文化発見の大変な経験でしたね。
大変だったことも、これは韓国のシステムの問題なのか個人の問題なのか厳密に判断しようと思ってました。
―――もう一度韓国でやってみたいと思いますか?
韓国で演出するのはまたやってみたいです。韓国に限らず外国で演出するのはやりたいですね、とても楽しかったです。
役者とのコミュニケーションは本当にどこでも同じで楽しいなと思いました。
特に、言葉がわからなかった人たちと「だよね、だよね」って共有し合えるようになるのは本当に嬉しい。俳優って本当に世界共通なんだな と思えたことは嬉しい驚きでした。
もしまた呼んでもらえるのなら是非ストレートプレイも演出してみたいですね。言葉がわからなくても、実はわかるんですよね、不思議なことに。長い台詞の中の一部を細かくカットしたのに俳優がそれを言っちゃったりしてもすぐわかります。入らないはずの感情が入るから。ストレートプレイは言葉がわからないとダメだろうな思ったこともあったけど、案外大丈夫だなと思えたので、是非またやらせていただきたいです。
<取材後記>
お話を伺って、鈴木裕美さんが異文化体験をしたのと同様に、韓国のキャストやスタッフたちにとっても鈴木裕美さんとの仕事は大いに刺激になっただろうなと感じました。
特に韓国のミュージカルは歌の上手い人が多いので、歌先行で進みがち。あとは俳優個々人の演技的技量に任せられるところが大きいですが、総じて日本は気持ち重視で演劇的な流れに重きを置く感じですし、中でも特に鈴木裕美さんは丁寧な気持ちづくりに重点を置く演出家さんとの定評がある方なので、そうした感情の作り方は韓国のミュージカル俳優たちにとっても良い気づきになったのではと思います。
ところで、韓国では様々なことが急に決まり、動き出し、なんでも早く早く! というお国柄なので、そんな韓国のエンタメ現場で俳優たちに求められるのは、どんな状況でも臨機応変に対応できる能力と、一瞬にして入り込め、また記憶する集中力だなと感じてきましたが、今回の鈴木裕美さんのお話を聞いてますますその思いが強まりました。
特にアイドルに関しては、以前、別の韓国のミュージカル制作会社のプロデューサーからも、自分の作品に出演したアイドルについて、彼らのスケジュールが忙しすぎてかわいそうだという発言を聞きましたが、かなり忙しいのが好きな韓国の人から見てもそう思えるくらいな過密スケジュールなのだなと思いました。
そんな状況で、編集ができない生の舞台の世界に挑戦する彼ら。ひとたび舞台に立てばすべての評価は自分が引き受けなくてはなりませんし、そしてその評価は後々までも自分について回ります。ただでさえ、アイドルにどこまでできるのか? と厳しい目が向けられていますから、そこに「忙しかったから~」という言い訳は通りません。そんな過酷な厳しさの中でもきっちり観客を楽しませてくれるのはやはりさすがでした。
逆に、もっとじっくりと稽古の時間が取れれば、きっとさらにすごいものができるのだろうなと思え、アイドルたちの伸びしろの大きさに今後への期待が膨らみました。
2017年4月23日執筆 インタビュー・文:田代親世