取材レポ・コラム
ヤン・ジュンモのマスタークラス② 舞台に立つのに大切なことは… 概論編
ヤン・ジュンモさんが考える、舞台に立つのに一番大切なことは
「健康な声を出すこと」だそう。
「喉をケアしながら喉を痛めないように声を出していくことが大切。みんなうまく歌えるように努力はするけど喉のことをあまり考えていない。俳優の使命として、長く、様々な種類の声を出さなければいけない。観客にしてみたら聞いていて大差はないけれど、俳優としては、それが上手にできるようになれば、細かいところだけど、感情移入の仕方やキャラクターの役作りへの余裕ができてくる」
とのこと。
では、どんな声が健康的かというと、
「演じる人物像に納得がいくようなイメージを与える声を出すこと。舞台上でセリフを言う時、歌う時、ダメージなく最後まで歌えること」
ということで、
これこそが健康な声の第一歩なのだそうです。
「話すように歌え」
「話すポジションで歌を歌え、話しながら歌いなさい」
と英語圏の演出家たちはよく言うのだそうです。
でもヤン・ジュンモさんに言わせれば、それは英語だから可能なのであって、韓国語と日本語はやり方が違ってくるのだそう。
というわけで、まず韓国語、日本語の場合は、話し方から変えていくことが大事。
そのためには母国語に対する理解を深めることが必要になってきます。
「韓国語で歌う時はすごく難しいんです。発音しながら音がとどまってしまうし、話し出すときに声の始まる部分が低いので韓国語は音が暗いです。一方で、韓国語は後ろから空間を使って声が出せる言語。いろんなトーンをコントロールして低いところから出すことができるのが韓国語だと思います。そして私が考えるに日本語はのどから出していますね。」
と言って、大凪真生さんが韓国語と日本語で質問をしたのを例にとって、
「日本語で明るく話すのは相手に丁寧に見えたいときや意思を伝えたいときに、自然と、伝わるように明るく話していると思います。たとえば、普通に話している時と、電話に出る時トーンを明るく上げて「もしもし」と言った時ではポジションが変わっています。でもこの明るさはのどで作っている人が多いと思う。日本語は声帯の根幹であるのどの筋肉を消耗する言語だと思います。」
と解説してくれました。
もう一つのポイントとしてあげていたのが、
言語には、声が届く距離、強弱、広がり方、声音という4つの要素があって、
舞台では、観客に届く声の距離感が一番大事だということ。
「声を強く出すのではなく、遠くへ飛ばすことが必要」なのだと強調していました。
「音が明るくなければ歌詞の正確さは伝わりません。この人の話を聞こうと思わせてしまう話し方、声の出し方があります、聞いた人がうまいと思えばそれはうまいんです。つまり観客が理解できれば演技や歌が上手いということです。そういう俳優こそ大衆的な俳優です。強いだけの音は長く続きません。相手に届く声が大切で、音声を遠くに届くように歌っていくことがミュージカル俳優には大事になってきます。」
ここで『スウィニー・トッド』で相手役だったオク・チュヒョンを例にとり、
「すごく歌詞が良く伝わってくるでしょ。彼女はセリフと歌のトーンが同じなんです、すごく良い教科書のような人です」
また、トニー賞の主演男優賞受賞者ノーバート・レオ・バッツのことも、
「素晴らしい明るい声を持っていて、何の力も入れてないように歌ってるように聞こえるでしょ」
とYoutubeで実例を見せながら、紹介。
ここで、「明るい音とは何ですか?」と受講生から質問が。
「抽象的なので皆さんのイメージが大切。上手くイメージできる人はうまくなれます。
音が明るいだけだと軽く聞こえたり、感動が薄くなったりもして、舞台に立つ人はつぶした声も、いろんな声を出さなければならないけれど、基本は明るい音をイメージして、まずは明るく出していくことが大事だと思います。オク・チュヒョンやほかの例で見せた俳優たちは発音を正確にしようと努力はしてないと思う。最初から健康的な明るい声で歌えているので自然に歌詞伝達ができていると思います。」
との回答でした。
最初から明るく健康的な声を出しているとおのずと発音もきれいに伝わるのだそう。
つまり、普通に話す段階から声を出すポジションの場所を変えていくことが大切で、それを意識的にやり続け、自然にそうなるまで習慣化していくといいそうです。
オク・チュヒョンさんもチョン・ソナさんも普段の話す声もすごく明るくて大きいのだとおっしゃってました。
ここで、同じ俳優さんが日本語と英語で歌っている動画を見せながら。
「ポジションに限りがあるところで喉だけで歌うと歌詞の伝達が困難になる。でも同じ俳優さんだけど、英語で歌うとポジションが上がって空間を広く使えている。顎をすごく使っている感じ。どれが優れているかでなくポジションの違いを感じて!喉で発声するのは必ずしも悪いことではないけれど、様々な声を出すには空間を使う出し方をした方がいいということなんです」
他にもいろいろな動画を見せながら。
「日本の俳優はだいたいがポジションが下がっている。でも観客はこの差はあまり感じられない。みんな「うまいな」と思うと思う。だから観客にとってはあまり大事ではない。でも俳優の喉にとっては違う。健康的に出していくことが長く使えるためには大事。それにポジションが上になるとさまざまな声がラクに出せます。みんな頭がハテナマークになってると思うけど。」
と、抽象的な話でもあるのでイメージがつかみにくくて、ヤン・ジュンモ先生の言葉を必死で理解しようとしている生徒たち。
ここで、韓国語が母語だけど、英語でも日本語でもキムを演じた経験があるキム・スハさんから実体験を基にした話がありました。
「イギリスでの経験で、英語が母国語の俳優たちはウォームアップ無しでもすぐに歌えてたけど、アジア系の俳優たちは声を出すのにウォームアップが必要だった。なぜなら英語圏の人はしゃべることがすでにウォームアップになっているから。すぐに歌いだせるんです。それはすごく衝撃でした。でも私たちは普段しゃべるときはポジションが下がってしまっているので…。それを上げるために非常に苦労しました。言語の違いより結局はポジションの取り方が大切だと思った。ポジションがきちんととれていればどの言語の歌でも歌えます。このポジションへの持っていき方が分かるだけでもこの講座は価値があります!」
これを受けてヤン・ジュンモ先生も、
「だから英語で歌う人にはこの‘明るい音’、‘暗い音’という概念は理解できないと思う。韓国、日本の人たちは努力してそのトーンを作っていかねばならないけど、英語母国語の人はもうそれが基本になっているから」
と英語圏の欧米人に比べて日韓のアジア人の歌い手の苦労を述べていました。
そして、具体的な声の出し方の話として、
「つまり、今日のテーマの‘シアターボイス’とは、英語の発音を基準として、日本語で歌う時は、声を出すポジションを上げて、鼻から上の空間を使う訓練が必要になってくると思います」
と教えてくれました。
ではどうすればポジションを上げられるのか、実践訓練に続きます。
ヤン・ジュンモのマスタークラス③声を出すポジションを上げる実践訓練編へ
2017年3月25日執筆 取材・文:田代親世