サイトアイコン 田代親世の韓国エンタメナビゲート

チャン・ドンゴン

コラム① ハンサムスターから映画界の星へ

哀愁を帯びた大きくて深い目。甘いマスクにロマンティックな雰囲気の貴公子スターで、長らく韓国一のいい男という称号をほしいままにしてきた。

92年にデビューし、そのあまりのハンサムぶりに「貴公子シンドローム」が吹き荒れたほど。

特に日本では『イヴのすべて』でテレビ局の理事に扮し、白馬に乗った王子様のようにヒロインを見守り支えていく役のドンゴンを見てファンになった人が多いだろう。ここでは珍しくドンゴンの恋にほころぶ表情がたくさん見られる。

ドンゴン自身は『ドクターズ』での冷たい外科医の役がお気に入り。視聴者たちがまさかチャン・ドンゴンがにはこんな姿はないだろうと思うような演技を見せて、いい意味で裏切ることが出来たから演技していて楽しかったのだとか。

私がいいなあと思ったのは、『ゴースト』。結婚を目前にした刑事役のドンゴンが、犯人の逆恨みを受け恋人を殺され、彼女の面影を求めて街をさまよったり、すっかり心を閉ざしてしまう孤独な様が痛々しいまでに切なかった。

このように数々の役柄をこなしてきたが、美男俳優の悲しさで、まるでギリシャ彫刻のような美しい顔立ちばかりがクローズアップされ、演技云々はあまり評価されることもなかった。

97年に『敗者復活戦』で映画に進出するもデビュー作はふるわず、『恋風恋歌』も自然体のドンゴンが等身大の青年を演じ、済州島の美しい風景に溶け合ってすがすがしい作品だったが、これもそれほど話題にならず、映画ではあまりぱっとしなかった。

そんな彼が助演に回って挑んだのが99年の『情け容赦なし』。アン・ソンギ、パク・チュンフンといった韓国映画界の看板スターらに胸を借りる形で、若き刑事を好演し、青龍映画賞の助演男優賞を受賞した。ここでようやく実力も認められるに至った。

思えばこれがチャン・ドンゴンの転機だった。それまではドラマや映画でもメロドラマへの出演が多かった彼が、『情け容赦なく』を機に男っぽさの漂う作品に連投するようになった。特に大きかったのが、『友へチング』への出演。自分の貴公子イメージを180度変えて、髪を坊主狩りにし、まつげを抜いて、目つきも厳しく挑んだ。この作品は全国で800万人以上の観客を動員する大成功を果たし、ドンゴンはしっかりと演技者としての評価を得られるようになった。今ではもう誰も、彼を「顔だけの俳優」と呼ぶ人はいない。

『ロスト・メモリーズ』ではSF大作ではじめて本格的なアクションに取り組んだ。9ヶ月という長い期間緊張感を維持するのが大変で、ついつい気持ちがダレ気味になってしまったそうだが、「ファンの方たちが自分の映画をどういう風に見てくれるのかという日を想像して、これではいけない、もっと緊張しなければ、私は俳優なんだからと、自分を戒めながら撮影の日々を送っていました」とインタビューで語ってくれた。

こういう誠実な姿勢が制作者たちからも絶賛されるところで、ドンゴンは制作者たちからとても好かれる俳優さんだ。

演技に貪欲で、2002年には、先ごろベルリン映画祭で監督賞を受賞するなど、海外の映画祭で評価を受けている鬼才、キム・ギドク監督の『海岸線』に自ら出演料を下げてまで出演を請い、海兵隊員が北のスパイと誤って民間人を射殺してしまい、そこから狂気に走っていってしまう様を演じた。

2004年には朝鮮戦争を背景に兄弟の絆を描く『ブラザーフッド』に出演。弟をとことん守ろうとする頼もしい兄として登場。受けの演技で難しい役だが、この人の好ましい人間的な存在感が非常に生きている。

 

※2004年7月発刊「韓国はドラマチック2」(東洋経済新報社)より
記事の転載はご遠慮ください

 

 

 

 

 

モバイルバージョンを終了