コラム・取材レポ

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ハン・コウン

※2004年7月発刊「韓国はドラマチック2」(東洋経済新報社)より

顔の造作が大きいインパクトの強い美人。中学1年の時アメリカに移民したため、韓国語よりも英語の方が得意なアメリカンコリアンだ。彼女はまさに1998年から99年にかけてのシンデレラガールだった。

アメリカ、ロサンゼルスのFIDM(Fashion Institute Of Design And Merchandising)でデザインを学び卒業後の97年、韓国でファッションモデルの仕事をしている姉(このお姉さんもミスコリア出身の美人さん)の家に遊びに来ていたところ、姉の雑誌の撮影について行った日にたまたまモデルの一人が都合が悪くなり、変わりにモデルの代役を務めたのが芸能界に入るきっかけだったという。もともとLAでも衣装デザインの勉強をしながらモデルのバイトをしていたためすんなり現場の雰囲気にもなじめたようだ。

173センチの身長にバランスのとれたスタイル、都会的な雰囲気に多彩な表情が評判となり雑誌やCFモデルとして順調に活動を始めた彼女に次なる幸運が訪れた。韓国映画界の大スター、チョン・ウソンとイ・ジョンジェの共演する映画『太陽はない』のヒロインに抜擢されたのだ。

2大スターの共演ということで、それにふさわしいヒロインを探すべく数百人オーディションをしたものの適当な人が見つからなかった時、駆け込みでオーディションを受けた演技経験の全くないハン・コウンに監督が目を留めた。制作発表3日前のことだった。

この映画で、成功を夢見ながらもなかなか売れないモデルを印象的に演じ鮮烈なデビューを飾った。

その後はドラマにショー番組のMCにと大活躍で、1999年だけで10社近くのCFにも出演した。

今これほどの脚光を浴びている彼女も、ミスコリア出身の姉と3姉妹の中で1番かわいいと評判の妹に挟まれて、自分が一番かわいくないとコンプレックスを抱いていた時期もあったそう。イヤーやはり比べる対象がすごいとそうなっちゃうのかなあ。他の一般人から見たら何を贅沢に悩んでいるのだと言われそうだ。

アメリカ暮らしが長いため韓国語の発音が上手くできないハン・コウンはドラマでも発音が正確でないのが惜しいとの指摘を受けていた。確かにドラマ『Happy together』で女検事役をやったときも、韓国語のほとんどわからない私にもなんだか言葉に訛りがあるように感じたものだ。

監督たちからは「かえって愛嬌があって良い」ともいわれるそうだが、プロ意識の強い彼女は、毎日小説を大きな声で読んで矯正してもらったり、ボールペンを口に含んで台本練習をするなど、血のにじむような努力をしたそうだ。

その後『父のように生きるのは嫌だった』で初の主演の座についた。財閥の後妻の娘で、愛と野望の化身のような女性役だ。ここでこの感情の起伏が大きい難しい役を演じ、次の『彼女を捕まえるよ』での熱演を経て、演技力も認められるようになった。

その勢いで『ボディーガード』では、セクシーな肢体を地味なスーツで隠し、女っ気を感じさせないクールな魅力の女性ボディーガードをかっこよく演じた。大柄な体から繰り出されるアクションは見栄えがし、美人は自分の美しさを飾らないときほど美しいということを実感したドラマだった。

そうした活躍の裏には2001年から始まった人気歌手グループGODのリーダー、パク・チュニョンとの交際があった。このアメリカ育ち同士のラブラブのお付き合いはGODのグループ解散を引き起こしそうなほど世間を賑わせていたが、2003年にはそれにも終止符が打たれたそうだ。