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ソル・ギョング

※2004年7月発刊「韓国はドラマチック2」(東洋経済新報社)より

今やソン・ガンホと並んで韓国映画界の顔となっている演技派スター。

2000年、映画『ペパーミントキャンディー』で、韓国の現代史を背景に、時代に翻弄された男の20代から40代までを見事に演じきり、映画界が発掘した至宝と絶賛された。

以降は、名作の影にソル・ギョング有りという感じになっている。

しかし今日の成功までにはいろいろな苦労があった。ソル・ギョングはもともとは演出家を目指して漢陽大学演劇科に入学したという。演出するためにはまず演技を知らなければという考えからだそうだが、舞台に立つようになっても芝居に対してそれほどの熱意を持っていたわけでなく、大学を休学して工事現場でアルバイトをしてそのまま兵役に行ってしまった。

そんなときに先輩から「舞台の上の君は本当に良かったよ」という手紙をもらって再び舞台に気持が向かったという。いやあ、この先輩の功績はかなり大きい。

大学卒業後、劇団「ハックチョン」で本格的に演技を始めて5年。20か月のロングラン公演となった『地下鉄1号線』の主人公として顔が知られるようになった。この芝居では80あまりある役のうち2役を除いて全て演じたそうだ。

その後映像に活躍の舞台を移すが、ここからがまたひと苦労だった。いかに舞台で活躍していようとも映像となると話は違った。確かにソル・ギョングはこれといった特徴のない印象の薄い顔である。そのインパクトのない顔こそが今となっては、役によっていかようにも変われるというカメレオン俳優になれる武器ともなっているのだが、当時は自分の顔にコンプレックスを抱いていたそうだ。何度か屈辱的な目にも遭い、「どうして僕は二重瞼じゃないのだろう」と瞼にのりを付けて二重にしてみたりもしたそうだ。

しかし映画デビューとなった96年の『つぼみ(原題:花びら)』で、その他大勢のような役ではあったが、今は亡きユ・ヨンギル撮影監督から「僕は君のような顔がとても好きなんだ」と声をかけてもらって大きな励みとなったという。

そんな彼の状況が変わったのは98年の映画『ディナーの後に』から。出番は少なかったが、見る人はちゃんと見ていた。次の『虹鱒』ではワールドスター、カン・スヨンの夫役に抜擢、そして『ペパーミントキャンディー』との出会い。ようやくこれまで培ってきた演技力が花開くときが来た。難しい役だけにかなりの苦労をしたそうであるが、終わってみれば華々しい賞賛の声がソル・ギョングを待っていた。

『燃ゆる月』では太古の衣装に身を包み、髪も長髪にして『ペパーミントキャンディー』とは180度のイメージ変身をして登場。

他の男を愛する女を愛してしまう役で、運命も何のその、自分の手で愛するものを守るべく行動を起こすという、激しく哀しい男の愛を情熱的に演じている。あの熱っぽい眼差しが切なくて、すごーくいい。

重い役が多いソル・ギョングだが、2001年の『僕にも妻がいればいいのに』では結婚したくてたまらないちょっとダサイ銀行員に扮し、しょぼくれた顔でボソボソとブータレたりするのがとってもかわいらしかった。相手役のチョン・ドヨン共々、2人のキュートな魅力が溢れる映画だ。

『公共の敵』では人間味たっぷりのだらしない刑事、『オアシス』は前科者の社会に適応できない男を完璧にこなし、『光復節特赦』では力を抜いたコメディー演技で客を笑わせ、映画界での八面六臂の活躍ぶりは小気味いいほど。

韓国現代史の歴史の暗部に触れた主演作『シルミド』は、1000万人を突破という記録的な観客動員数になった。