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イ・ビョンホン

※2004年7月発刊「韓国はドラマチック2」(東洋経済新報社)より

ここ数年でぐぐっと魅力を増したイ・ビョンホン。『美しき日々』や『オールイン』で見せる男の哀愁が体全体から伝わり胸に迫ってくる。今でこそ、切り込んできそうな強烈な存在感や、カリスマオーラが感じられるが、前はもう少し印象が違っていた。

がっしりとした体型に精悍なマスク。少年ぽさの漂う青春スターで、茶目っ気たっぷりの瞳が覗くチャーミングな男優さん。実は、写真を見ただけでは、なんか神経質そうで、あまり好みの顔じゃないなあなどと思っていたのだが、動くイ・ビョンホンを見たら一気にファンになってしまった。

1991年KBSの14期で俳優生活を始め、ドラマ『明日は愛』の大学生役で一躍スターダムに躍り出た。純粋な中にもセクシーな男の魅力を醸し出す外見と、演技力を武器に、その後もコンスタントにヒット作へのに出演を重ね、順調な俳優人生を送っている。

映画デビューは95年の『誰が俺を狂わせるか』。恋人のチェ・ジンシルから虐げられる作家志望の情けないサラリーマンという、普段のキャラクターとは違う役柄で、けっこう意外だった。続く『ランナウェイ』では、麻薬がらみの犯罪に巻き込まれ組織から追われる男を演じ、大鐘賞新人男優賞を授賞した。テコンドーの名手というタフガイなのでアクションものや、ハードボイルドものへの出演も多いが、私はイ・ビョンホンの恋する女性に対する報われない切ない演技が大好き。愛おしそうに、それでいて寂しそうに相手を見つめる瞳が何とも言えず、女心をくすぐるのである。特に気に入っているのは99年のドラマ『Happy Together』で、義理の弟であるソン・スンホンの恋人のキム・ハヌルに切ない愛を捧げる男の演技。「あー切ない…」とドラマを見ながら何度胸が締め付けられたことか。

キム・ハヌルとはチョ・ソンモのミュージックビデオ「To Heaven」でも共演しているが、これもクールな男の切なさが滲み出ていてかっこいい!もうとても冷静ではいられない。

そんなイ・ビョンホンにとって99年は新たなジャンルに挑戦する年であった。映画では『私の心のオルガン』で田舎の小学校に赴任した21歳の純情な教師の役に挑んだこと。筋肉質のイメージを払拭して、朴訥としたしゃべり方に歩き方、柔らかい雰囲気を醸し出すのにすごく苦労したそうだ。そしてもう一つはミュージカル『コーラスライン』で、演出家のザック役で1か月舞台に立ったことだ。以前から、映画『地上満歌』で役者志望の青年の役でいろんなハリウッドスターの真似をやって見せるなど、大げさな発散型の演技がミュージカルに合いそうだなと思っていた。歌手としても1枚、『Happy Together』の主題歌を収録した「To Me」というアルバムを出したぐらいなので、ミュージカルという分野は向いているにちがいない。

そして遅まきながら兵役へ。でも彼の場合はその前に父親が亡くなり、ビョンホン自身が家長になってしまったために6ヶ月間の公益勤務で終わり、2000年の2月には復帰を果たした。

そして『JSA』への出演。もし兵役が6ヶ月で終わっていなかったらイ・ビョンホンには回ってこない役だっただろうから、お父さんが授けてくれた大きな贈り物だったと言えるかもしれない。

続く『美しき日々』では、憎しみを抱えたクールな男が愛に目覚めていく様を演じ、イメージ変身を試みた。前髪を長くし、その間から覗くスッっとした眼差しは見るものを緊張させ、身動きできないほどの魅力を放っていた。すべてが鋭角な顔のラインがシャープで、イ・ビョンホンって美しい男性だなあとつくづく実感。胸にたぎる思いを表面的には抑え込んでいるものの、全身からその思いがほとばしっている演技などは抜群で、唸ってしまうほどだ。なんていい俳優になったんだろう。

イ・ビョンホンは演技に対する情熱と、その人間味でスタッフからも好かれている。『バンジージャンプする』や『純愛中毒』の監督たちも、「イ・ビョンホンとやれてよかった、また彼とやりたい」と声を揃えて言うし、『オールイン』のチェ・ワンギュ作家も、「本当に素晴しい優秀な俳優で、積極的に意見を出してくるからとても仕事がやりやすい」と語っていた。

『美しい彼女』で共演したソン・スンホンを始め、後輩の俳優たちからも慕われているし、役柄同様、頼れる兄貴なのである。

 

イ・ビョンホン対面記

2000年5月

最初にイ・ビョンホンにインタビューしたのがこの時期。兵役を終え、ちょうど『JSA』の撮影に入っている頃だった。

指定の場所は韓国でも指折りの最高級ホテル、リッツカールトンホテルのカフェ。落ち着いた雰囲気の場所で今日はこのあと、通っている大学院の卒業論文を提出する前の資格試験があるということで、我々に与えられた時間は2時半から3時20分まで。しかし時間になってもビョンホン氏は来ない。そこへマネージャー登場。「今本人が渋滞に巻き込まれてるようで少し遅れます。ごめんなさい」とのこと。しばらくして早足で颯爽と現れたイ・ビョンホン氏。浅黒く焼けた肌にがっしりと太い腕周り。着やせする方かも。開口一番「遅く来た上に時間がないということまで言ってほんとにごめんなさい」と恐縮していた。そんな雰囲気の中でインタビューは始まった。

このときは俳優になったきっかけから、演技者としての自分のスタイルを模索している話などと共に、撮影中の『JSA』がシナリオが素晴らしいので自分の中で一番大きく残る映画になるだろうと今から感じていると熱く語ってくれた。

そうしているうちに時間は既に3時25分を過ぎた。そこでビョンホンさんは「僕ほんとにもう行かなきゃければいけなんですが、本当に申し訳ないから、(と、マネージャーの方を見て)15年来の付き合いの友だちだから僕の代わりに僕のこと答えてくれるかもしれないからまだ続きの質問があったら彼に聞いて下さい」と振ると、マネージャーさんは「えー俺も予定があるんだよ」と困った表情。ビョンホンさんはマネージャーさんの膝を叩いて「こんなに悪いのにお前、なに忙しい振りしてるんだ」。そこで私が「ほんの10分だけだから」と言うと「じゃあ、まあ10分ぐらいなら」と了解してくれたマネージャーさん。

すかさずビョンホンさんが「いいや、1時間でも大丈夫だから(笑)。じゃあほんとに済みません」と言ってさわやかな風のように去っていったのだった。残された(笑)マネージャーさんによれば今日はインタビューが和気あいあいとしていて彼がすごく楽しんでいたから良かったですと言ってくれた。

2001年4月

その後、自ら手ごたえがあると感じていた『JSA』が本人の予想通り大ヒットして、イ・ビョンホンを取り巻く環境は変わった。映画でも興行が保障できるスターとして認知され、続く『バンジージャンプする』、『美しき日々』がヒットして世の中すっかりイ・ビョンホン旋風が吹くことになった。

そして『JSA』のプロモーションでソン・ガンホと共に日本を訪れたのがこのとき。韓国映画ブームが始まったとは言われていたが、トップスター二人を招いているにもかかわらず、オフィスの一室での囲み記者会見だった。つまりその程度で貴社が入ってしまえるほどの規模だったのだ。今から思えばこのようなこじんまりした感じが懐かしくすらある(笑)。ここでのイ・ビョンホンは自信感が漂っていて、身にまとうオーラが違って見えた。

2004年2月

2002年に『純愛中毒』に出演、そして2003年には『オールイン』で視聴率50%近くをたたき出し、ドラマと映画を行き来しながら多彩な魅力を振りまき、大衆的な人気を得て国民スターへの道をひた走っているイ・ビョンホンが、日本のファンとの交流イベントを開いた。

このとき私はイベントの司会役だったので、前日のリハーサルで顔を合わせたのだが、イ・ビョンホンのほうから「アンニョンハセヨ」と気さくな感じで声をかけてくれて、すっと手を差し出し、挨拶をすると、「あっ、前に会ったことが・・・」とおぼろげながらも覚えていてくれた。

本番で歌う歌の音あわせをしていると、カラオケとどうもあわせにくそう。『二等兵の手紙』は十八番の曲だそうだが、いつも歌っているカラオケと違うのでとまどっている感じだった。「日本の人はこの歌知ってるかな」とも質問が。「みんな『JSA』見てるからわかりますよ」との返事に安心した様子。歌い終わって拍手をすると「カムサハムニダ」と茶目っ気たっぷりにお辞儀をしてくれた。

そしてなんとこのリハーサルにはソン・ヘギョも顔を出し、迷惑にならないようにと、遠くのテーブルにマネージャーを伴って座り見守っていた。

ビョンホンは「愛する人が出来ました」というナレーションも読むことになっていてそのリハーサルもしたのだが、そのときに「愛する人が出来ました、ソン・ヘギョという…なーんって!」などと小声でジョークを飛ばし座を沸かせていた。そう言われた当のソン・へギョもそばのマネージャーにからかわれテレながらも嬉しそうだったのがかわいかった。いやあ本当にラブラブなのねと微笑ましい場面であった。

そして本番。スーツ姿で颯爽と現れたビョンホンは昨日までの気さくな雰囲気とは打って変わって全身から‘スター’のオーラが発散され、近づきがたい雰囲気に。うっすらと蓄えたひげがダンディーで、セクシーだった。

そして今回も思ったのが、やはりこの人は頭がいい。質問すると少し間をおいて、あの低音の美声で気の効いたいいことを言うのだ。