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映画&ドラマで見るドラマチック韓国

⑬韓国社会の根幹をなす葬儀

東洋経済新報社「韓国はドラマチック」(2003年7月発行)

日本に伊丹十三監督の『お葬式』があるように、韓国にはカンヌ映画祭で監督賞を受賞した巨匠、イム・グォンテク監督の『祝祭』がある。

有名作家が主人公で、ある日、作家のもとに、87歳になる年老いた母親が亡くなったという知らせが入る。そして母の住む田舎に戻って、そこに集った親戚一同の人間関係を絡めながら、亡くなってから葬儀までの昔ながらの伝統的な一連の儀式が丁寧に紹介されていくという筋立てだった。

「墓地の場所を選ぶのは風水師の仕事だ」とか、「昔は3年喪に服していたけれど、今じゃそんな人は誰もいなくて、1年も服せば長いほうだ」とか、そうした会話の端々に今の風潮がにじみ出ていた。

もうひとつ『学生府君神位』という作品があって、『祝祭』が寓話的なタッチだとすれば、こちらはコミカルな味付けがなされたお葬式映画だった。タイトルになっている「学生府君神位」とは、位牌に記される死者への尊号だそうだ。

この作品の主人公は映画監督で、田舎の父親が亡くなったとの知らせを受けて戻るという、『祝祭』と同じ構図で始まる。

親戚の長老のような人が「最近は新式の葬式も多いが、格式を無視しちゃ一家の恥だ」と言うことで、本格的な葬儀が執り行われるが、若い世代が葬儀について不案内なのは、韓国も同じ。

父親の遺影に向かってお辞儀をした青年は、「納棺が済んでいないのにお辞儀をするもんじゃない。何も知らないんだな。順序があるんだ」と長老たちから怒られる。

そのうちにおばが来て遺体に取りすがって「アイゴーアイゴー」と号泣してすごい騒ぎになるが、そんなおばを見てみんなが、「おばさんが来たら葬式って感じがしてきた」「こういうときは泣かないとな」などという会話を交わす。

都会に暮らす長男の妻は冷めていて、「嫁がなんで泣かないんだ」といわれると、「涙より心が重要ですよ」と、別に心でだって悲しんでいないような口ぶりで言い返すなど、都会人と田舎の人たちの葬儀に対する温度差が感じられる。

弔問客のために食事の支度をしている親戚や近所のおばさんたちは、ドラマの時間になると食事の支度をほっぽり出してテレビの前に陣取り、「あの女が悪いんだ!」などとすっかり感情移入して見ているそばから、男性陣が「ニュースを見よう」といって割り込んできてチャンネル争いに発展したりと、とにかく騒がしい葬儀だ。

葬儀の進め方としては、ご遺体を清めの水で拭いて白い経帷子を着せる。ご飯を口に入れ、「あの世に行って金持ちになって下さいね」といいながら玉をくわえさせる。そしてあの世への旅費を用意するということで、みんなからお金が集められるが、小切手を出す者もいて、あの世に銀行はないから現金で出せといわれ、結局20万ウォン(約2万円)ほどを出していた。体を布でしっかり包んで納棺。このときに泣きがピークになる。なかなかうまく泣けなくて「泣くときは下っ腹に力を入れてアイゴーアイゴーだ。やってみろ」と指導されながら泣く練習をしたり、葬儀の途中でサイレンが鳴って民防訓練が始まるが、責任者が特別に許可を出し、「泣いてる方々は訓練に関係なくどんどん泣いて下さい」と言うやり取りがあったりして、当人たちはまじめなだけにおかしさが伝わってくる。そして5日目に出棺となるが、女性たちはある一定のところから先にはついていけないので男性たちだけで野辺送りをするのだ。

この作品の中で、韓国社会の根幹をなす儒教と葬儀について語られる場面がある。

「儒教は現実的な宗教だ。宗教と言うより生活の戒律であり学問だよ。そこでは死んだ先祖が唯一の神となるんだ。生前の孝行は戒律だが、死後の孝行は宗教的な概念となる。孝行とはそれほど厳粛なものなんだ。だから儒教は宗教になりうる」

「じゃあ葬儀は戒律と宗教が出会う場所か」

「その通りだ。昔は3年間親の墓を守って葬儀が終わった。つまり現世において尊敬の対象となる人物を信仰の対象にするというわけだ。祭祀は宗教的な孝行の実現で、中でも葬儀は最も大切なものなんだ」

このような考えのもと、韓国の人は先祖を大切にするのである。

また儒教思想のため、土葬にすることが多いが、国土不足のため韓国政府が火葬を奨励していることもあって、火葬も徐々に増えているようだ。今までは、若くして亡くなった場合は、その後子孫がお墓を守ることが難しいため、火葬にするのが一般的だった。

ちなみに韓国の火葬では遺骨にするのでなく、完全な遺灰にするそうだ。そして遺灰は山や川に撒かれることが多い。

ドラマを見ていても、『砂時計』では、主人公のパク・テス(チェ・ミンス扮)の父親はすでに亡くなっていて、その父を思って母親が山でお酒を撒き、そこでお酒を飲むシーンがあった。だから、父親の遺灰はきっとこの山に撒かれたのだなとわかるのだが、その母も亡くなったときに、テスは、やはりこの山に遺灰を撒いてやる。

また最後、未婚のまま亡くなったテスの遺灰は親友ウソク(パク・サンウォン扮)の立会いのもと、愛する女性、ヘリン(コ・ヒョンジョン扮)の手で、テスの父母が眠る同じ山から撒かれていた。

お墓はなくても、その遺灰を撒いた場所が遺族にとってはお墓に匹敵する特別の場所になっているわけだ。

また、『秋の童話』では、白血病で亡くなったウンソ(ソン・ヘギョ扮)の遺灰は川に撒かれていた。

喪に服する期間は、今はだいたい、父母、祖父母、配偶者の場合は死亡した日から100日までで、それ以外の場合は葬儀の日までということになっている。喪に服している間は胸元、襟、袖、帽子などに喪章をつける。この喪章、生成りの麻や黒い生地で作った蝶々の形をした布である。

『カル』では、ハン・ソッキュ演じるチョ刑事が、最初に子供が死んだ事件現場の検証に来ているときはまだ何もつけていないのに、母親が亡くなってからは左の胸元にこの蝶々の形をした白い喪章をつけている。

そして事件の鍵を握るシム・ウナ扮する謎の女性と事件についていろいろかかわっている間じゅうこの喪章はつけたままだった。そして一応事件が解決したということでシム・ウナがフランスへ旅立つという報告をしにチョ刑事を訪ねたときには喪章が外れている。

「はずしたのね、喪章」

「喪が明けたから」

この会話から、ふたりが知り合った事件から100日が経過したのだなということがわかるのである。

『ラビングユー』というドラマでは、父親を亡くした男性主人公が、セーターを着ているときでも喪章を左胸につけていた。事情がわからないと、なんだかかわいいアクセサリーのようである。

女性の場合は髪の毛に喪章のピンをつける。『イヴのすべて』で、野望の女ホ・ヨンミは、父親が亡くなったときにつけていた。そしてソンミの父親の勧めでソウルに来たときにはもうピンが外れていたので、やはり普通で考えればこの間に100日が経過していることを示している。もっとも、憎んでいた父親だっただけに、ちゃんと100日間喪章を身につけていたかどうかは定かではないが。

 

参照作品

『祝祭』
1996年作品
監督=イム・グォンテク 脚本=ユク・サンヒョ 出演=アン・ソンギ、オ・ジョンヘ
有名作家ジュンソプのもとに届いた年老いた母親の訃報。田舎に戻りお葬式の準備にかかる。ジュンソプに興味を持つ女性編集者もその様子を取材しようと実家を訪れる。続々と集まってくる親戚の中に、厄介者の問題児のヨンスンも現れて、ジュンソプの人間像や、微妙な人間関係があらわになっていく。

『学生府君神位』
1996年作品
監督=パク・チョルス 脚本=キム・サンス 出演=パク・チョルス、パン・ウンジン
映画監督のもとに、田舎の父親が亡くなったとの知らせが入り、実家に戻る監督一家。田舎で行う父親のお葬式に集う親戚の人間関係を絡めながら伝統的なお葬式のやり方、風習をコミカルに映し出す。

カル
1999年作品
監督=チャン・ユニョン 脚本=コン・スチャン、イン・ウナ、シム・ヘウォン、キム・ウンジョン、チャン・ユニョン 出演=ハン・ソッキュ、シム・ウナ
連続猟奇殺人事件の捜査を担当するチョ刑事は、被害者の共通の交際相手として浮かび上がった謎の女性スヨンに接近する。なかなか過去を語ろうとしないスヨンにチョ刑事は惹かれていく。悲劇を予感させる独特の映像美と音楽。すっかり世界に引き込まれぐいぐいと見せられるが、謎が多すぎて、その点ではストレスがたまってしまいそう。